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鹿児島地方裁判所 昭和32年(行)1号 判決

原告 中村末吉

被告 国 外一名

国代理人 小林定人 外二名

主文

一、被告国が別紙目録記載の土地三筆について昭和二十二年十月二日付の鹿児島県知事の買収令書をもつてなした買収処分及び右土地について同日付の同知事の売渡通知書をもつてなした売渡処分は、右各土地の二分の一の原告共有持分に関する部分に限り原告と被告国との間において無効であることを確認する。

二、被告国は右土地三筆について鹿児島地方法務局昭和二十五年二月二十三日受付第千五百四十二号をもつてなされた前記買収処分による所有権移転登記につき訴外池満留次の共有持分(二分の一)の所有権移転登記に更正登記手続をせよ。

三、被告原田福蔵は右土地三筆について同法務局昭和二十五年三月二十七日受付第三千百一号をもつてなされた前記売渡処分による所有権移転登記につき、被告国の共有持分(二分の一)のみの所有権移転登記に更正登記手続をせよ。

四、原告のその余の請求を棄却する。

五、訴訟費用はこれを二分し、その一を被告等の負担とし、その一余を原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「一、被告国が別紙目録記載の土地三筆(以下本件土地と称する)について主文第一項記載のとおりなした買収処分及び売渡処分はいずれも原告と被告国との間において無効であることを確認する。二、被告国は右土地について主文第二項記載のとおりなした置収処分による所有権移転登記の抹消手続をせよ。三、被告原田福蔵は右土地について主文第三項記載のとおりなした売渡処分による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

四、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

本件土地はもと訴外崎元ていの所有であつたが、原告は昭和十五年十二月二十三日同人から他の土地三筆と共に代金四千百円で買い受け、その所有権を取得した。然るに被告国は本件土地について鹿児島県知事の訴外池満留次に対する昭和二十二年十月二日付の買収命令書を同月十五日同人に交付して自作農創設特別措置法による買収処分を行い、鹿児島地方法務局昭和二十五年二月二十三日受付第千五百四十二号をもつて本件土地の所有権取得登記をなし、更に被告原田福蔵に対して同法により昭和二十二年十月二日付の鹿児島県知事の売渡通知書を同月十日交付して売渡拠分を行い、本件土地について鹿児島地方法務局昭和二十五年三月二十七日受付第三千百一号をもつて右売渡処分による所有権移転登記がなされた。併しながら右買収処分を受けた前記池満留次は本件土地について何ら権利を有しない者であり、所有者たる原告に対しては本件土地につき、同法所定の手続は何ら施行されていなかつたから、右本件土地に関する買収処分は重大且つ明白な瑕疵を有しており、当然無効と云うべきであり、従つて右買収処分による所有権の移転はあり得ないから、被告国が本件土地について所有権を取得した旨の所有権移転登記は実体に符合しない無効の登記である。次に被告国の被告原田福蔵に対する本件土地の売渡処分は前記買収処分を前提とするものであり、その瑕疵を承継するものであるから同じく当然無効というべきであり、被告原田福蔵が本件土地について所有権を取得する理由はなく、同被告が本件土地について所有権を取得した旨の所有権移転登記はこれ亦実体に符合しない無効の登記である。そこで被告国に対して本件土地の買収処分及び売渡処分の各無効の確認を求め、被告国に対しては更に買収処分による所有権移転登記の抹消登記手続を求め、被告原田福蔵に対しては売渡処分による同様登記の抹消登記手続を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告等の答弁事実に対して原告が本件土地外三筆の土地の買受資金に関して訴外池満留次に対して金千九百円の債務を負担していたこと、原告が被告等主張の頃右池満に対して本件土地外三筆の土地の二分の一の共有持分権を譲渡し、その頃本件土地について被告等主張のとおり原告と池満との共有として所有権移転登記を経たこと、原告が本件土地について被告等主張の日時、主張の金額の債務について主張のとおりの抵当権の設定登記をなしたこと、原告が被告等主張の日時右債務の元利金として金二千二百円を弁済し、その頃前記抵当権設定登記の抹消登記をなしたこと及び池満留次の共有持分権の登記が本件買収処分当時まで存在していたことはいずれも認めるが、本件買収当時の池満の住所は知らないし、その余の事実は否認する。原告は訴外崎元ていより前記土地を買受けるに際して、訴外福永畩助より金二千円の融資を受けていたが、その返済の必要に迫られ、右土地の二分の一の共有持分権を担保として訴外池満留次に譲渡し、同人より金千九百円を借受け、これをもつて右福永に対する返済を了したところ、その後池満から更に担保の追加を要求されたため、右金千九百円の債務の担保として前記の如く抵当権設定登記をなしたものである。

従つて右元利金二千二百円の弁済によつて被担保債権は完済され、担保権は全部消滅したものであるから池満は原告に対してその共有持分権につき所有権移転登記をなし、且つ抵当権設定登記の抹消登記手続をなすべき義務があるに拘らず、何らかの手違いにより後者の手続のみが履践されて、前者は手続未了のまま池満の共有権者としての名義が本件買収処分の当時まで残存していたのであり買収処分当時池満は本件土地について何ら権利を有していなかつたものであると述べ、なお法律上の主張として、農地の買収及び売渡に関する行政処分はすべて登記名義の如何に拘らず真実の権利者を相手としてなすべきものであるから、池満が本件土地について買収処分の当時無権利者であつた以上、同人を相手としてなされた本件買収処分は全部無効である。而して仮りに本件土地が原告と右池満との共有に属するものであると認められるとしても本件買収処分は本件土地を右池満の単独所有にかかるものとして同人のみを相手としてなされたものであるからその点において単に瑕疵が一部に止まるものとして一部無効となるのではなくその瑕疵は本件買収処分及び売渡処分の対象となつた土地全部に及び、全部無効である。なお被告等は本件買収処分は右池満の持分権の買収として有効であると主張するけれども、持分権の買収は耕作権の安定を目的とする自作農創設特別措置法の精神に反しまた法文上の根拠を欠いていてそれ自体当然無効な措置であると附陳し、

被告国指定代理人及び被告原田福蔵はいずれも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告の主張事実中、本件土地がもと訴外崎元ていの所有であつたこと、原告がその主張の頃右崎元より右土地を他の土地三筆と共に買受けたこと、国が原告主張のとおりの買収処分及び売渡処分をなしたこと、右処分に関して原告主張のとおりの所有権移転登記の各登記が経由されたことはいずれもこれを認めるが、崎元と原告との間の売買代金額は知らない。その余の事実は否認する。本件土地は買収処分当時次の如き経緯により原告と訴外池満留次との共有であつたものである。即ち原告は本件土地を原告主張のとおり他の三筆の土地と共に崎元ていから買受けることとなり、手付を支払つたが、その残代金の支払に窮したため池満留次に対して右崎元に対する残代金四干円の弁済方を依頼したので池満はこれを承諾し崎元に対して昭和十六年五月頃右金員を交付し、第三者の弁済として原告のために残代金の支払を了してやつたが、その頃原告は更に池満に対して本件土地外三筆の土地の二分の一の共有持分権を代金二千百円をもつて買受けて貰いたい旨申し入れたので同人はこれを承諾し、昭和十六年五月十五日崎元ていより直接原告及び池満留次の共有名義に所有権移転登記が経由された。その後同年六月十八日、右池満の原告に対する四千円の求償債権と右持分権買受代金債権二千百円とを対当額において相殺する合意が成立し、原告の求償債務の残額千九百円について弁済期を昭和十七年十二月三十一日とする準消費貸借契約が締結され次いで昭和十六年六月二十三日、右準消費貸借上の債務の担保として原告の本件土地の共有持分権につき抵当権の設定登記がなされた。その後原告は昭和十九年三月二十日右債務の元利金合計二千二百円を池満に弁済し、同年四月四日右抵当権設定登記は抹消された。従つて池満留次は本件土地について持分二分の一の共有権者であつた。然るに右池満留次は本件買収処分当時鹿児島県始良郡栗野町に居住していたから被告国は同人を不在地主として買収手続をなしたが、その際本件土地を同人の単独所有と誤認したため同人のみを相手として本件土地につき前記の如き買収処分をなしたものである。従つて本件土地に関する被告国の買収処分並びに売渡処分は本件土地の共有者である池満留次の持分に関しては正当な手続であつた訳であつて無効となる理由はなく、仮りに原告が本件買収処分当時までに右池満の本件土地についての持分権を同人より返還譲渡を受けていたとしてもその持分の取得についてはその旨の登記を経ていない以上、原告は被告国に対してその取得を対抗することができず、池満の持分権に対する右各処分はこの点からしても有効である。と述べた。

立証〈省略〉

理由

本件土地について被告国が自作農創設特別措置法に基き鹿児島県知事の訴外池満留次に対する昭和二十二年十月二日付買収令書を同月十五日同人に交付して買収処分を行い、被告原田福蔵に対して同県知事の同月二日付売渡通知書を同月十日交付して売渡処分をなしたこと、従つてその間原告に対しては本件土地の買収に関して同法所定の手続は全くなされなかつたことについては当事者間に争いがない。

然るに原告は右買収処分及び売渡処分の行われた当時本件土地の所有者は原告であつたから、真実の所有者に対して同法所定の手続を行わずになされた右処分はいずれも無効であるというので、まず右各処分の当時本件土地につき原告は所有権を有していたか否かという点について判断する。

原告が昭和十五年十二月二十三日訴外崎元ていより本件土地を他の土地三筆と共に買い受け、右買受代金に関して訴外池満留次に対して金千九百円の債務を負担していたこと、原告が本件土地の二分の一の共有持分権を右訴外人に譲渡し昭和十六年五月十五日崎元ていより直接原告及び右池満留次の共有名義に本件土地の所有権移転登記を受けたこと、同年六月二十三日原告の池満に対する債務額金千九百円の債務の担保として(弁済期日昭和十七年十二月三十一日)本件土地に対する原告の共有持分権につき抵当権の設定登記がなされたこと、原告は昭和十九年三月二十日右債務の元利金二千二百円を池満に弁済し、右抵当権設定登記が抹消されたこと、及び池満の本件土地に対する共有持分権の登記は本件買収処分の当時まで存在していたことがいずれも当事者間に争いがない事実と、成立に争いのない甲第一、第三号証、乙第一号証の一ないし三、同第二号証の一、二、証人崎元ていの証言により真正に成立したと認められる甲第二号証の一、二並びに右証言及び証人福永畩助、同池満留次の各証言を綜合すると、原告は本件土地を他の三筆の土地とともに崎元ていより代金四千百円をもつて買受けるに当り訴外福永畩助と持分二分の一ずつの共有となすことを条件として金二千円の融資を同人より受け、これをもつて代金の内入をなしたが、残代金を調達することができなかつたので同人との提携を断念し、訴外池満留次より金四千円を借り受け、これを崎元に対する残代金の支払に充てると共に右福永に対する借受金の返済に充てたこと、原告は池満から右金員を借り受けるに際しても本件土地を同人との共有となすことを約していたので、本件土地を買受けると同時に池満に対しその二分の一の持分権を代金二千百円を以て譲渡することとなり、前記の如く崎元より直接原告と池満との共有名義に所有権移転登記をなし、原告の池満に対する右持分譲渡代金債権と池満の原告に対する貸金債権とを対当額において相殺し、その残額即ち池満の原告に対する貸金債権残額金千九百円について、弁済期を昭和十七年十二月三十一日と定め、該債権の担保として本件土地に対する原告の共有持分権について、前記の如く抵当権設定登記が経由されたものであること、従つて原告が前記の如く右債務の元利金全部を返済したときも単に右抵当権が消滅したに過ぎず、従つて池満の共有持分権が原告に移転すべき理由は毫も存せず、池満は本件農地買収当時まで依然として本件土地につき二分の一の共有持分権を有していたものであることを認めることができる。右認定に反する証人中村寿太郎の証言は措信し難いし、他に右認定を覆するに足りる証拠はない。

以上認定の事実によれば本件農地買収処分当時本件土地は登記簿上においても、又実質上も原告と訴外池満留次との持分二分の一ずつの共有に属していたに拘らず、被告国はこれを右訴外人の単独所有として買収し、且つ右買収処分に基き、被告原田にこれを売渡したものであることが明かである。

そこで右買収処分及び売渡処分の効力について検討することゝする。

農地の買収処分は登記簿上の所有者と実質上の所有者とが一致せず、而も真実の所有者が何人であるかを容易に判断し難いような特殊な場合を除き、所有者でない者に対してなされた買収手続の瑕疵は根本的且つ重大な法律要件を欠如するものであるから当然無効と解すべきである。

而して本件の如く共有持分権を看過してなされた買収処分の効力について考察するのに、共有持分権は所有権の数量的に制限されたものであつてその権能の態様は他の共有持分権の存在により若干の法的制約を受ける以外には所有権のそれと本質的に何等異るところはないから、原告の共有持分権の存在を看過してなされた本件買収処分は部分的に重大且つ明白な瑕疵あるものとして少くとも原告の共有持分権に関する限り無効であり、右買収処分を前提としてこれに続く売渡処分も同様に少くとも原告の共有持分権の存すると認められる範囲内においては無効と断定しなければならないが、訴外池満留次が本件買収処分当時不在地主であつたことは証人池満留次の証言により明かであるから同訴外人の共有持分権に関する限りではこれを無効とすべき理由はなく、却つて有効と認めるべきである。

原告は右手続の瑕疵は本件土地の原告の共有持分権に限定して買収処分を無効ならしめるものではなく、他の共有者の持分権の部分にも波及して本件買収処分及び売渡処分全部の無効原因をなすと主張し、殊に共有持分権の買収はそれ自体耕作権の安定を目的とする自作農創設特別措置法の精神に反し無効であると主張する。

然しながら買収した持分権を当該農地の地の共有者に売渡すとには複雑な共有関係を消滅又は単純化することができて却つて自作農創設特別措置法の精神に副う所以であるし、共有者以外の第三者に売渡され、従来平穏であつた当該農地の使用収益状態に一時的混乱を招来し、農業経営に好ましからざる影響を及ぼすことのあり得ることは考えられるところであるが、かような事態は必然的に惹起されるものではなく、売渡処分に際してこの点につき予め慎重を期することにより或る程度これを防止することができると思われるから、持分権の買収をそれ自体として直ちに絶対無効とする程同法の精神に反するものとは言い難い。

ただ当初から共有地であることを認識して一部共有持分権の買収及び売渡処分をなした場合と異り、本件の如く共有関係を看過して単独所有として買収処分及び売渡処分をなした場合に被買収者の持分権に関する限度において、右処分を有効と解し得るか否かについては更に一考を要するのでこの点について按ずるのに、売渡処分と分離して買収処分それ自体として考えるときには前説示のとおり被買収者の持分に関する限り何等自作農創設特別措置法違反の点は認められないが売渡処分については被買収者以外の共有者に該持分権を売渡して当該農地の使用収益関係を単純化し又はその混乱を防止するための考慮が払われなかつた点において同法の精神上妥当を欠き実質的に瑕疵あるものというべきであるが、その瑕疵は該売渡処分を絶対的に無妨ならしめる程度に致命的なものとは断じ難い。又被買収者の持分権に対する買収処分及び売渡拠分と云う形式をとらなかつた点において右各処分はいずれも一応瑕疵あるものと云い得るのであるが、その瑕疵は実質的なものではなく、従つて絶対無効を来たす原因とはなり得ないものである。なお右の如く一個の行政処分の効果を数学的に分割して無効とすることは行政処分の性質に照らして必ずしも不能又は不当と解すべきではなく、却つて既往の処分の効果を限定的に無効とすることにおいて秩序の安定を図るものと云うべきである。

以上の如くであるから原告の右主張は当らない。

而して原告と被告国との間において、前記の如く本件買収処分及び売渡処分の効力につき争の存する以上、原告が被告国との間において、右一部無効の確認を求める利益を有することは論をまたないところであるから、原告の本訴確認の請求は二分の一の原告共有持分権に関する部分に限り正当としてこれを認容し、その余はこれを棄却すべきである。

よつて所有権移転登記の抹消登記手続の請求につき按ずるのに、前記買収処分及び売渡処分を登記原因として本件土地につき原告主張どおりの所有権移転登記がなされていることは当事者間に争がないところ、前記認定の如く本件買収処分及び売渡処分が一部無効である以上、原告共有持分権に関する限り右各登記にいずれも実体に符号しない無効のものと云うべきである。

ところで原告は右各登記全部の抹消を求めているが、前記認定の如く訴外池満留次の持分権に関する限り、本件買収処分及び売渡処分は有効であり、従つてその限りにおいて右各登記は実体に符合しているものであるから、該登記全部を抹消することは過当と云うべきである。このことは共有者の一人が自己の単独所有名義になした所有権移転登記について、全部の抹消登記手続を命じ、該抹消登記が完了し未だ共有の登記がなされない間にその前主が該不動産を第三者に譲渡しその旨所有権移転登記を経由した場合に、右共有者は他の共有者の持分権を無視し、単独所有として真実に反する登記をなした結果であるとは云え、少くとも自己の持分権に関する限り真実に合致する登記を経由したに拘らず、その持分権につき不当な損害を蒙る結果に陥ることを想起すれば、容易に理解し得るところである。又全部の抹消登記の請求を棄却するときは、前記の如く一部実体に副わない登記が残存するという不当の結果となる。さればといつて原告の共有持分権についてのみ前記各登記の一部抹消登記をなすことは、登記手続の実際上技術的に不可能に属する。そこで本件の場合被告国に対しては前記買収処分による所有権移転登記につき訴外池満留次の共有持分権(二分の一)のみ所有権移転登記に更正登記手続を命じ、被告原田に対しては売渡処分による所有権移転登記につき被告国の共有持分権(二分の一)のみの所有権移転登記に更正登記手続を命ずるのを相当とする。而して右義務を命ずることは実質上一部の抹消登記手続を命ずることに外ならないから原告の請求の範囲を逸脱するものではないと解すべきである。

以上の如くであるから訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十条第九十二条条九十三条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池田祐治 高林克己 岡山宏)

土地目録〈省略〉

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